_ 判決言い渡しの法廷へは白いワイシャツにブルー系の地味なネクタイで現れたそうだ。でも、先日の村上世彰の裁判に証人として出廷したときはジーパンにピンクのTシャツだったと。
_ 自身の裁判に地味な服装で臨むのは、昔の堀江の反権力的な装いを気に入っていた私からすると残念ではある。でも、服装で裁判官に悪い印象を与えてはいけないとの世間智を否定するものではなく、つまらないところで勝負しないという戦術ならそれでもいい。
_ でも、村上の裁判での格好はどんなものだろう。堀江は村上側の証人として出廷し村上に有利な証言をしたそうだ。村上と堀江が友達かどうかは知らないが、自分の法廷に気を使うくらいには村上にも気を使ってやれと言いたい。すでに自分の服装に対する信念は捨ててしまっている堀江なんだから、村上のためにネクタイぐらいしたっていいではないか。自分の法廷にジーパン、Tシャツで、村上の法廷にはネクタイだったらエライ男だと思っただろうが、反対ではないか。がっかりだよ!
_ 堀江の法廷戦術は自分がお飾りの社長であって責任がないというもののようで、それにもがっかりした。拘置所から出てきたときは精悍な顔つきになっていてよかったのに、今の姿は以前よりもっと太ってたるんでいる。
_ 勝ち組、負け組という区分けが流行っているが、堀江はすでに精神的に負けている。控訴審でどのような結論になろうとも、堀江が昔の輝きを取り戻すことはないだろう。畢竟勝ち負けは精神の問題なのだ。
_ 更新されなくなったHPは突然亡びた町の遺跡にどこか似ている。それが最後の書き込みという意識無く作られた更新画面がいつまでも残っている。日常が突然断ち切られたポンペイの市民のように、今にも動き出しそうだ。
_ そのように中途半端に終わってしまったHPたちの中にお別れのメッセージを記したものがある。
_ 「2/26を持ちまして、agua e luz は幕を下ろしました。
_ またいつの日か、この仙台の地に戻り再開する時までしばしのお別れです。
_ 3年間ありがとうございました。」
_ アグア・エ・ラズ(水と光というポルトガル語だという)は仙台にあったフレンチレストランだ。おいしいワインを出す本格的なフレンチだという。2/26は去年のことで、もう一年以上経つ。
_ HPには厨房を背にしたスタッフの小さな写真がある。彼(彼女)らは、今東京で修行しながらレストランの再開を期している。その夢がかなうまでには幾多の困難があるだろう。それを乗り越えて夢が実現することを切に祈る。
_ 植木等さんが亡くなった。
_ 植木さんとは一度会ったことがある。「乱」の時で、それについては、映画「乱」製作秘話14章に書いた。たぶんバスの中で2,3時間は話したはずだが何を話したか覚えていない。映画やテレビで見るとおりの気さくな人だった。
_ 植木さん絡みではもうひとつ思い出がある。中学2年の終わりだったと思う。クラス単位で芝居をすることになった。なぜか私が、脚本・監督で、原水爆禁止の政治劇をやることになった。当時の国際政治を舞台に、実在の政治家を仮面で表現した。その仮面を描いてくれたのは、作家になった橋本治だ。ケネディとフルシチョフが会談をしているところに日本の池田勇人首相からの使者が来て核実験の中止を訴える。私は、役得でケネディをやった。さて、日本の首相からのまじめな訴えに対して両首脳はどう応えるか。突然当時流行っていたスーダラ節のレコードがかかる。そして舞台の上の全員が、植木等の振りで踊りだす。「わかっちゃいるけどやめらねぇ~」で幕が下りる。